ピアノで挫折した。
そう感じている人へ。
最初に一つだけ言うと、
本当にまだピアノを弾きたいなら、弾けばいいと思います。
一度挫折した。
途中でやめた。
半年触っていない。
何年も離れていた。
そんなことは、別に関係ありません。
また弾きたいなら、
また弾けばいい。
私は、
「したい」という気持ちは、かなり大事にした方がいい
と思っています。
ただ、
今回少し考えてみたいのは、
あなたが自分のピアノとの関係に、
「挫折した」
という言葉を使っていることです。
「やりきった」
ではない。
「十分楽しんだ」
でもない。
「もう満足した」
でもない。
あなたは、
「挫折した」
と思った。
もちろん、
どんな終わり方だったのかは分かりません。
難しい曲で止まったのかもしれない。
両手が思うように動かなかったのかもしれない。
教室へ行くのが嫌になったのかもしれない。
練習する時間がなくなったのかもしれない。
単純に飽きたのかもしれない。
でも、
今のあなた自身が、
その経験を「挫折」と感じている。
私は、
そこを無理に、
「いや、それは挫折じゃありませんよ」
と変えなくてもいいと思っています。
挫折したと思っているなら、
まず、
私はピアノで挫折したんだな
と認めてみる。
良いとか悪いとかではありません。
そこから、
じゃあ次どうする?
を考えればいいと思います。
ピアノで挫折したからといって、才能がないとは限らない
まず、
「私にはピアノの才能がなかったんだ」
と思っている人へ。
私は、
そこまで一気に決めなくてもいいと思っています。
ピアノって、
普通に難しいです。
鍵盤を押せば音は出ます。
だから、
始める前は、
「少し練習すれば弾けそう」
と思うこともあります。
でも実際には、
右手。
左手。
楽譜。
リズム。
指番号。
強弱。
ペダル。
次の音。
いろいろなことを同時に考えます。
右手だけなら弾ける。
左手だけなら弾ける。
でも、
合わせた瞬間に全部分からなくなる。
そういうこともあります。
楽譜を見る。
音を読む。
鍵盤を探す。
次の音を見る。
その間にリズムが止まる。
ようやく一小節弾けたと思ったら、
次でもう一度止まる。
それを繰り返せば、
「私には無理なのかな」
と思うこともあると思います。
でも、
できなかった理由と、才能がないことは同じではありません。
両手で弾けなくて挫折したなら
ピアノで大きな壁になりやすいのが、
両手だと思います。
右手を意識すると左手が止まる。
左手を見ると右手が分からなくなる。
頭では分かっているのに、
指が動かない。
だったら、
まだ弾きたい人は、
一曲全部を両手で弾こうとしなくてもいいと思います。
右手だけ。
左手だけ。
2小節だけ。
ものすごくゆっくり。
それでいい。
「一曲弾けるようになる」
ではなく、
今日はここだけ両手で弾けた。
そこまで小さくしてもいいと思います。
楽譜が読めなくて挫折したなら
これもあります。
ピアノを弾く以前に、
楽譜を見るだけで疲れる。
音符を一つ読む。
鍵盤を探す。
また音符を見る。
リズムも考える。
全部同時にやろうとすると、
かなり大変です。
だったら、
音だけ見る。
リズムだけ見る。
右手だけ弾く。
左手だけ弾く。
一回分けてもいい。
趣味で弾くなら、
簡単な楽譜。
コード。
動画。
耳で覚える。
そういう方法を使ってもいいと思います。
楽譜が苦手だから、ピアノを楽しめない
まで広げなくてもいい。
弾きたい曲が難しすぎて挫折したなら
ピアノを始めた理由が、
「この曲を弾きたい」
だった人もいると思います。
好きな曲がある。
だから、
その曲の楽譜を買う。
でも、
普通に難しい。
原曲通りの左手。
速いテンポ。
和音。
細かいフレーズ。
初心者にはかなり大変だった。
それを何日も何週間もやる。
でも弾けない。
そりゃ、
嫌になることもあると思います。
まだその曲を弾きたいなら、
簡単なアレンジでもいい。
サビだけでもいい。
左手を簡単にしてもいい。
テンポを落としてもいい。
私は、
原曲通りに弾けなければ、その曲を弾く意味がない
とは思いません。
趣味なら、
自分が楽しめるところまで難易度を下げてもいい。
独学で何をすればいいのか分からなくなったなら
独学って、
できないこと以上に、
何が悪いのか分からない
ことがつらいと思います。
指番号なのか。
姿勢なのか。
譜読みなのか。
曲の難易度なのか。
練習方法なのか。
分からない。
YouTubeを見る。
別の動画を見る。
また違う練習法を見る。
情報だけ増える。
でも、
自分が何をすればいいのかは分からない。
そうなると、
「こんなにやってもできない」
になりやすい。
まだピアノを弾きたいなら、
一度だけ誰かに見てもらうのもありだと思います。
毎週教室へ通わなくてもいい。
単発でもいい。
経験者でもいい。
今ここで止まっている
という一点だけ聞く。
それで進むこともあります。
他人を見て、自分には無理だと思ったなら
YouTubeを開けば、
上手い人はいくらでも出てきます。
子どものころから弾いている人。
音大へ行った人。
何十年も続けている人。
難しい曲を、
簡単そうに弾く人。
それを見て、
「自分が今さらやって何になるんだろう」
と思う。
でも、
私は一度、
誰も見ていなかったとしても、その曲を弾きたいか
を考えてみてもいいと思っています。
誰にも聴かせない。
SNSにも載せない。
上手い人とも比べない。
ただ、
自分一人でピアノを弾く。
それでも弾きたい。
なら、
まだピアノそのものが好きなのかもしれません。
逆に、
そこまで想像しても、
別に弾きたいと思わない。
なら、
また少し違う話になります。
練習が続かなくて挫折したなら
毎日30分。
毎日1時間。
そう決めた。
でも、
仕事がある。
学校がある。
家事がある。
今日はできなかった。
次の日もできなかった。
気づいたら一週間。
そこで、
「もう続いてないし」
となってしまう。
私は、
趣味なら、
毎日でなくてもいいと思っています。
5分でもいい。
10分でもいい。
一回だけ弾いて終わってもいい。
ただし、
ここでも大事なのは、
まだ弾きたいか
です。
弾きたいけれど、
毎日練習できない。
なら、
練習量を減らせばいい。
でも、
5分ならできますよと言われても、
「いや、別に5分でもやりたくない」
となる。
だったら、
問題は時間ではないのかもしれません。
まだ弾きたいなら、私は弾けばいいと思う
ここまで、
ピアノで止まりやすいところを書いてきました。
両手。
楽譜。
難しい曲。
独学。
比較。
練習時間。
もし、
「なるほど。じゃあ、もう一回やってみようかな」
と思ったなら、
私は普通にやればいいと思います。
一度挫折したから、
もうピアノをやってはいけないわけではありません。
前回と同じ方法でやる必要もありません。
難しい曲で止まったなら、
簡単にする。
30分で続かなかったなら、
5分にする。
独学で迷子になったなら、
一回誰かに聞く。
昔やめたなら、
また始める。
したいなら、やればいい。
私は、
そこを変に止めたくありません。
ただ、
一つだけ、
考えてみてほしいことがあります。
「弾きたい」のか、「弾かなきゃ」なのか
ピアノを続けたい。
と思っている。
でも、
それは、
本当に「弾きたい」なのでしょうか。
それとも、
「弾かなきゃ」なのでしょうか。
私は、
この違いってかなり大きいと思っています。
Wantなのか、Have toなのか。
弾きたい。
好き。
この曲を弾きたい。
もう一回やりたい。
これは、
したい。
でも、
せっかく習ったから弾かなきゃ。
途中でやめたから、もう一回やらなきゃ。
親にお金を出してもらったから続けなきゃ。
挫折したまま終わったらダメだから弾かなきゃ。
これは、
少しずつ、
しなければならない
になっています。
本来、
趣味として始めたピアノなら、
誰かに義務として与えられたものではなかったはずです。
いつの間にか、
「やりたい」が、
「やらなきゃ」
になっていないか。
一度、
そこだけ外してみてもいいと思います。
何も証明しなくていい。
誰にも見られていない。
お金のことも考えない。
昔やめたことも考えない。
その状態で、
今、私はピアノを弾きたいのか。
私は、
ここが一番大事だと思っています。
自分が「挫折した」と感じていることを認める
挫折した。
私は、
それを悪いことだと言いたいわけではありません。
挫折したからダメ。
とも思いません。
そして、
あなたが挫折したことを恥ずかしいと思っている、
と決めつけたいわけでもありません。
ただ、
今の自分が、
「あれは挫折だった」
と思っている。
その感覚は、
結構大切だと思っています。
同じ途中終了でも、
「十分楽しんだ」
と思う人もいる。
「やりきった」
と思う人もいる。
「合わなかった」
と思う人もいる。
「飽きた」
と思う人もいる。
「挫折した」
と思う人もいる。
出来事そのものより、
今の自分がどう感じているのか。
私は、
そこを見た方がいいと思います。
だから、
「挫折したなんて思わない方がいい」
と無理に言い換えなくてもいい。
私はピアノで挫折した。
そう思っているなら、
一回そのまま認める。
そこから、
次を考えればいい。
挫折したことを、取り返さなくてもいい
これも私は大事だと思っています。
一度できなかった。
だから、
今度こそできるようにならなければならない。
途中でやめた。
だから、
再開して最後までやりきらなければならない。
別に、
そんなルールはありません。
人生で始めたものを、
全部成功するまでやっていたら、
次へ行けません。
昔、
ピアノを弾けるようになりたかった。
でも、
今はそこまで弾きたいと思っていない。
なら、
昔の自分の願いを、
今の自分が代わりに叶え続けなくてもいいと思います。
できなかったものが、そのまま一つ残ってもいい。
ピアノが弾けなかった。
はい。
それだけです。
そのことで、
次にやりたいことまで止めなくてもいい。
「いつかまた弾く」は、本当に弾きたいなのか
一度ピアノから離れると、
「いつかまたやろう」
と思うことがあります。
私は、
この「いつか」って結構便利な言葉だと思っています。
いつかやる。
いつか戻る。
いつか練習する。
でも、
その「いつか」は、
いつでしょうか。
何を弾きたいのでしょうか。
再開したら、
何から始めたいのでしょうか。
そこまで考えて、
何か思い浮かぶなら、
本当にまたやりたいのかもしれません。
だったら、
一回やってみればいい。
でも、
何年経っても、
ずっと、
「いつか」。
弾きたい曲も特にない。
再開する予定もない。
それでも、
「いつか」。
だったら、
私は、
その「いつか」は来ないことも普通にある
と思っています。
それを悪いとは思いません。
ただ、
本当はもう終わっているものを、
「いつか」という言葉で終わっていないことにしなくてもいい。
一度挫折したピアノを再開するなら、前回と同じところに戻らなくていい
ここまで読んで、
やっぱり私は弾きたい。
と思った人もいると思います。
だったら、
再開すればいい。
ただ、
前回止まったところへ、
そのまま戻る必要はありません。
前回、
難しい曲で止まった。
なら、
もっと簡単な曲。
毎日長時間やろうとして続かなかった。
なら、
短くする。
教本がつまらなかった。
なら、
好きな曲。
独学で分からなくなった。
なら、
一度人に聞く。
前回挫折した方法を、そのままもう一度やる必要はありません。
再開は、
前回の続きをやることではなく、
今の自分に合うやり方でもう一度始めることだと思います。
久しぶりに弾いて下手になっていても、そこでまた挫折しなくていい
昔は少し弾けた。
久しぶりに触ってみた。
でも、
全然弾けない。
指が動かない。
楽譜も忘れている。
そこで、
「前より下手になってる」
と落ち込む。
でも、
しばらく離れていたなら、
昔と同じようにできないことがあっても不思議ではありません。
再開初日に、
過去の一番上手かった自分と比べなくてもいいと思います。
簡単な曲。
片手。
短い時間。
そこからでいい。
まだやりたいのであれば、
今の自分から始めればいい。
ここまで読んで「いや、もう弾きたいとは思わない」なら
ここまで、
もう一度ピアノを弾く方法も書きました。
両手を分ける。
曲を簡単にする。
練習時間を減らす。
誰かに聞く。
昔より小さく再開する。
それを読んで、
「それならやってみたい」
と思ったなら、
私はやればいいと思います。
でも、
ここまで読んでも、
「いや、そこまでして弾きたいわけじゃない」
と思った。
だったら、
その気持ちも結構大事だと思います。
ピアノが嫌いになったのかもしれない。
別のことをやりたいのかもしれない。
単純に興味がなくなったのかもしれない。
理由なんて、
そこまで立派でなくてもいい。
もう弾きたいと思わない。
それだけでも、
十分な答えになることがあります。
そして、
そこまで来たなら、
次に考えるのは、
「どうすればピアノを続けられるか」
ではありません。
私は、本当にピアノをやめるのか。
です。
ピアノそのものを続けるか、やめるかをもう少し整理したい人はこちらで詳しく書いています。

ピアノで挫折した人によくある疑問
ピアノで挫折するのは才能がないから?
私は、
それだけでは分からないと思います。
曲が難しかった。
両手で止まった。
楽譜で止まった。
独学で何をすればいいのか分からなかった。
そういうことでも挫折します。
まだ弾きたいなら、
才能という一言で終わらせず、
どこで止まったのかを見てみてもいいと思います。
大人からピアノを始めるのは遅い?
何をしたいかによると思います。
誰かと競うために弾くのか。
好きな曲を弾きたいのか。
自分で楽しみたいのか。
目標によって全然違います。
「大人だから遅い」
だけで、
自分がやりたいことまでやめる必要はないと思います。
ピアノは毎日練習しないといけない?
たくさん練習できれば、
上達にはプラスになると思います。
でも、
趣味なのに、
毎日できないことを理由に全部やめてしまうくらいなら、
自分ができる頻度でもいいと思います。
大事なのは、
まだ弾きたいかどうかです。
一度挫折しても、また始めていい?
もちろんいいと思います。
一回やめたから、
もう二度とやってはいけないわけではありません。
また弾きたくなったら、
そのとき始めればいい。
挫折したのに、またやるのは変ですか?
全然変ではないと思います。
むしろ、
一回やってみたから、
自分がどこで止まりやすいかも分かっています。
前回と違うやり方で始めればいいと思います。
ピアノをやめるのは逃げですか?
私は、
やめるという行動だけで、
逃げかどうかは決められないと思います。
まだ本当にやりたいのに、
怖くてやめる。
ということもある。
一方で、
もうやりたくないものを、
逃げと思われたくないから続ける。
ということもあります。
だから、
逃げかどうかより、
私は今、本当にピアノを弾きたいのか
を見た方がいいと思います。
まとめ|ピアノで挫折した。で、今の私はどうしたい?
ピアノで挫折した。
そんなとき、
私はまず、
まだ弾きたいのか。
そこを考えてみればいいと思っています。
弾きたい。
好き。
あの曲を弾きたい。
もう一回やりたい。
だったら、
弾けばいい。
一度挫折したことなんて、
そこまで気にしなくていい。
やり方を変えて、
また始めればいいと思います。
でも、
弾きたいではなく、
弾かなきゃ。
になっている。
せっかく始めたから。
途中でやめたから。
挫折したまま終わりたくないから。
そういう理由だけになっているなら、
一度、
全部外してみてもいい。
そして、
自分で、
「私はピアノで挫折した」
と思っているのであれば、
その感覚も、
私は大切にしていいと思います。
挫折したことが、
良いとか悪いとかではありません。
自分が、
そう感じている。
まず、
そこを認める。
それからです。
まだ弾きたい。
なら、
また弾く。
もう弾きたいと思わない。
なら、
無理に挫折を克服しなくてもいい。
人生でできなかったことを、
全部できるようにしてから次へ進む必要はありません。
ピアノに挫折した。
はい。
それで、
今は何をしたい?
私は、
そこから考えればいいと思っています。
したいなら、やる。
もうしたくないなら、終わりにする。
そして、
終わりにすると決めたなら、
次へ行く。
ピアノで挫折したことより、
そのあと、自分が何を選ぶのか。
私は、
そっちの方が大事だと思っています。

